岩壁における救助


  1. 墜落し、負傷したらどうするか考える。


    私たちがクライミングに向かうとき、墜落は、稀とはいえ起こりうる。それ故に、もしかしたら無いかもしれないが、万一の墜落に備えて確保訓練を繰り返している。たとえ、墜落しても、怪我もなく、無事であれば幸運である。そうあるために確保技術を高めるよう努力している。
    しかし、万一の墜落で、骨折、捻挫など負傷することもあるし、不幸にして最悪の場合には死亡する。殊に、冬の岩壁登攀は、墜落すれば、アイゼンのツアッケが岩壁のどこかに引っ掛かり、良くて捻挫、場合によっては下肢の骨折くらいは覚悟しなければならない。そうした状況になることはありうることと考えられる。確保訓練と同様、万が一に備えて、墜落によって、負傷しても、岩場から脱出するための対応策を準備して登攀に向かわなければなければならない。
     岩壁では、アクシデントが発生しても、救援を依頼することもままならないし、早急に誰かが救助に駆けつけてくれるわけでもない。近年は、ヘリコプターによる救助が主となってきたが、ヘリコプターは有視界飛行であるから、霧、降雪、吹雪、夜間など視界が悪いときは飛行できないし、また、狭い谷に着陸することや、急峻な岩壁に接近することは難しい。風が強いとホバーリングや着陸時の安定が保てないなどヘリコプター救助にも、限界がある。ことに、冬山は、天候が悪いことが多く、ヘリコプターによる救助を依頼しても、好天を待って飛来するのであるから、傷病が悪化するなど、その時間的余裕はないかも知れない。ヘリコプターや救助隊に助けてもらうことを前提にせず、自分たちで下降し脱出することが、岩壁を登ろうとする者の基本である。したがって、負傷しても無事脱出できる技術を修得しておくとともに、下降支点を作成するためのハーケンや埋め込みボルトを用意して登る。私の場合は、止血や骨折部位を固定する応急手当が出来るように、イソジン(消毒剤)、滅菌ガーゼ、包帯、テーピングテープなどを持参し、シーネにするためのアルミ板の入ったフレームザック(フレームがアルミ板でない場合はアルミ板を追加する)を使っている。また、下降用支点を作るためのハーケン、埋め込みボルトを何本か持参している。クライミングでは、少しでも荷物を軽くしたいとおもうが、このくらいは、最低限の応急処置用品と下降し、脱出するための必携品である。この他は、ロープ、スリング、カラビナ等、通常の登攀用具を使って、負傷者と共に下降し、脱出することができると考えている。岩壁では、ロープを使って下降することが、基本であり、安全で、効果的な方法である。
     まとめれば
    1. 応急処置をすること。負傷者の行動力を少しでも回復させる。
    2. 下降が安全で効果的な脱出方法である
    3. 応急処置用品、下降用ハーケン、ボルトは必携品、各自持つほうがよい。
  2. クライマーの領域は、クライマーが始末する。一人で処理することを考える。

     クライミングは、2人、3人で登るのが普通である。事故が発生すれば、1人、ないし2人で対処しなければならない。運良く救助を依頼することができ、救助者が駆けつけてくれたとしても、足場の悪い岩壁で救助搬送に係われるのは、やはり、1人か2人で限られている。仮に、2人で出かけ、1人が墜落し、負傷したら、負傷者を残し、ロープを使って懸垂し、救援を求めに下降して、救援者が駆けつけるにしても時間がかかる。また、救援者が岩壁を登ってきたとしても、出来ることはかぎられている。大勢の人が1度に手を出せないのが岩壁の救助である。自分たちのパーテイで対処することを基本としたい。つまり、絶対安静を必要とするよほどの重症で1人ではどうにもならない限り、2人で脱出する。重傷であっても、場合によっては、早く病院へ搬送しなければ生命に関わることもある。時間をかけて救援を求める余裕はないかも知れない。そのための、方法を実際の岩場で訓練し、技術を身につけておかなければならない。大事なことは、クライマーの領域は、クライマーが始末する覚悟を持つことと、訓練の過程で、安全で効果的な、脱出方法を構成する能力を高めることである。こうした訓練で、防御の力を高めることによって、クライミングの可能性と豊かさを拡げてくれるだろう。
  3. 応急手当

     負傷者の安全を確保し、手当する態勢を整える。
     墜落を止めたら、確保者は確保ロープを仮固定した後、アンカーを点検して補強するなど強固にする。次いで、ロープを緩め、墜落者を手元へ引き寄せ、アンカーに固定する。つまり、岩壁に吊るす。アンカーの位置は、引き寄せた墜落者を簡単に固定出来、なおかつ、次の下降を始めるのに都合の良い位置であることが望ましい。位置が悪い場合は、アンカーを作り直すことも考慮する。もちろん、常に、自分のセルフアンカーをとることを忘れてはならない。
     行動を可能にするための手当
    急峻な岩場で、行動に制約があるが、事故者をアンカーに固定したら、応急手当を始める。傷口の汚物を取り除き、できれば水で洗うことが望ましいが、イソジンで消毒する。滅菌ガーゼを当て傷口を塞ぐように、包帯、テーピングテープで圧迫しながらまけば、大概の出血は止血することが出来る。
     骨折や捻挫は、激痛を伴うことが多く、そのため、負傷者は行動できない。現場でシーネの調達はままならない。ザックのフレーム(アルミ板)をシーネにするとよい。体形に添ってぴったり曲げてシーネとし、テーピングテープを十分に使って、できる限り痛みを和らげるように固定する。負傷部位が動かず、負傷者自身の荷重をシーネで支えることができれば、激痛を和らげ、少なくとも痛みを増すことの無いようにすることはできる。痛みを伴いながらも行動を可能にするための手当てが必要である。町では簡単な固定で、車で病院へ搬送できるので、長時間の搬送や、まして、負傷者が行動することなど想定していない。同じく、救急法の講習会では、三角巾とシーネの固定法は教えてくれるが、テーピングとシーネで体重を支え、行動する事は想定していない。骨折、捻挫の山での手当てについては、負傷者が、行動せざるを得ない場合を想定した手当がいる。手当ての方法を研究することが必要である。身動きに制限の多い岩壁ではあるが、簡単な固定ではなく、今後の行動に備えて固定する。
     テーピングとシーネ
    捻挫の固定に、テーピングが有効なことは、よく知られているが、山では、巻き方より、十分巻くことが大きな意味を持つ。経験では、下肢の骨折などの重傷者でも、アルミ板のシーネを当て、テーピングで強固に固定すると、ずいぶん痛みを和らげ、激痛のため、身動きできない者でさえ、懸垂下降や吊り下がり下降ができる。上手に固定すれば、つまり、アルミ板とテーピングでギブスを作るつもりで固定すれば、たとえ、下肢の骨折であっても、杖をつけば(ストック、木などで松葉杖作り)、歩くことさえ可能である。もちろん痛みを伴うし、後遺症の心配もある。
    ザックのフレームのアルミ板は体の形に添って屈曲させることが出来るので、優れたシーネである。二人パーテイなら、4本のアルミ板がある。テーピングテープでつなぎ合わせ、長いシーネもできるし、足首の固定には直角に曲げて使うことも出来る。その他、スチロールマットやハイ松の枝、ピッケル、ストックなどシーネにすることもできると、本には書いてあるが、負傷者が行動することを、想定していない。
    シーネの固定には、テーピングテープがよい。応用範囲が広いので50ミリ幅テープを一人1本以上持参する。強く巻きつけ固定すると、鬱血が心配されるが、状況をみて、固定し直せばよい。経験では、足首、下肢など強く固定したが大丈夫であった。
    内出血
     転落や落石で肋骨を骨折し、肺に刺さって気胸となった場合は、一刻でも早く病院へ搬送しなければならない。
     骨盤内は空腔であり、骨盤骨折などで内出血があれば圧迫するものがなく、止りにくい。多量の失血を見る。この場合は、安静とできる限り早く病院へ搬送することが肝要である。固定が難しいので損傷者も痛がる。自分で懸垂下降できればよいが、できなければ、抱きかかえて、懸垂下降する。救助依頼し、バスケットストレッチャーや減圧シーネを使い搬送するのは良いが、救助者が到着するまで時間がかかる。骨盤内出血は、時間との競争である。方法の選択を誤らないようにしたい。
     脊椎系の損傷
     脊椎系を損傷した場合、十分な固定は、岩壁では困難である。減圧シーネやバスケットストレッチャーが欲しい。救助を依頼し、シーネやストレッチャーを用意出来ればよいが、それが難しいなら、スチロールマットなどでできる限りの固定を行い、安静を保つ方法で、ヘリコプターが飛来できるところまで下降搬送する。
     事例
     膝の皿を割ったパートナーを、ザックのフレームのアルミ板を引き抜いてシーネにして、テーピングで固定し、唐沢岳幕岩を9ピッチ懸垂下降しC沢へ降りた。そして、大町病院までいった。これは例外かもしれないが、激痛で身動きできない者がガンガンにギブスを巻いたように固定したら、懸垂下降を行い、杖を突いて歩いたのである。友人の気力も凄いが、固定も功を奏したのである
     単純骨折で出血もひどくなければ、そう短時間に生命の危険にさらされるわけではない。
    急ぐこともなければ救援をゆっくり待つのも一つの手である。
  4. 懸垂下降による脱出

    岩場でアクシデントが発生しても、ヘリコプターでピックアップしてもらえないし救援を依頼することも出来ない。少なくともヘリコプターがピックアップところまでは自分たちで何とかしなければならない。その際、負傷者が自分で下降することが、最も、安全で、効率の良い方法である。ただし、負傷者にも大きな負担がかかる。ポイントは、負傷者の負担を減らすよう、応急手当を十分にした上で、しっかり固定し、出来るだけ一直線に下降ルートを設定する。つまり、ロープにぶら下がれば下降できる状況をつくる。トラバースや斜方向への下降は、負傷者に負担がかかる。残置されたアンカーを頼りにすると、斜方向へのトラバースなどが入り、ルートは複雑になる。出来るだけ、直線的にルートを設定すると負傷者の負担が軽い。怪我をすると、気も萎えて、何もできないような気がするが、痛みを和らげ、少なくとも、痛みが増加しなければ、片手や片足骨折しても懸垂下降くらいできる。負傷者が頑張らなければならない。通常の懸垂下降体勢を取ることが出来ればよいが、必ずしもそうした体勢を取る必要はなく、ロープにぶら下がればよい、背中や体側を岩壁につけズルズルと降りればよい。難しいことではないが、骨折を想定した下降訓練をしておかなければ、いざと言う時出来ないのは、言うまでもない。とは言え、最も大事なことは、負傷者の気力である。
    アンカー、下降支点
    アンカーの強度と位置が重要で、負傷者が下降器をセットしやすく、できれば、アンカーを簡単にはずすことが出来ればよい。アンカーの真下の適切な位置に負傷者がくるようスリングで調整しておく。負傷者が下降器をセットすることやアンカーを自分ではずすことが出来ないならば、あらかじめ負傷者の下降器をロープにセットし、アンカーに負傷者を留め、アンカーをはずしさえすれば下降できるようにする。負傷者は、アンカーに荷重 がかかっているとはずすことができないこともある。はずせなければ、アンカーとのスリングをナイフで切断し下降する。
    救助者は、先に下降し、負傷者を留め置くアンカーと下降用支点(共用)を設置する。アンカーの位置は、負傷者が下降したらスリングで簡単に留め置き、かつ、次のピッチの下降が始めやすいところに、2点以上の強固な支点を連結して、アンカーを設置する。
    下降のコントロール
    負傷者が下降中のスピードのコントロール、停止は、負傷者が自分でするのが原則であるが、8の字環や確保器具などで下降しているときは、救助者が下でロープを強く引いたり、緩めたりして補助する。救助者の位置まで降りたら、停止し、スリングでアンカーへ連結し、吊り下げる。次いで、ロープを回収し、再びアンカーにロープをセットし、次のピッチの下降に移る。ロープをグチャグチャに絡ませたりするとトラブルになる。負傷者がそれを解消することは難しいので、念を入れてロープを整理しておく。ロープの末端の結びがトラブルの元になることもあるので、場合によっては、末端を結ばない。
    ロープの回収
    実際の登攀では、カラビナ、スリングは、たくさん持参している。懸垂ロープの回収などが難しいときは、カラビナを残置することをためらってはならない。ただし、ヌンチャクは応用が利きにくいので、必ず、何本かのスリングや6mmのロープ10mくらいは捨て縄として用意していく。
    空中や垂壁に近い岩壁の懸垂下降は負傷者に大きな負担がかからない。傾斜が緩い岩場や藪の多いところ、岩稜では、負傷者に負荷の大きい下降になる。場合によっては、負傷者を抱きかかえて懸垂下降する。
    私は、巻きつけ結び等でセルフアンカーを取らない。不自由な体で、下降しながら、セルフアンカーをロックしないようにコントロールすることは難しいからである。結局それが、不必要なロックを引き起こし、解除するのが困難になるからである。
    ロープを二重にして固定し、1本で負傷者を確保し、他の1本をつかって負傷者が懸垂下降する。下について、負傷者がロープの荷重を抜くことができたら。上で仮固定をした後、懸垂下降用にロープをセットし直し懸垂する。負傷者がテラスなどで、荷重を抜くことが出来アンカーを取れれば、ダブルで下降する。セルフアンカーを取ることができなければ負傷者を支点にして、シングルロープで懸垂下降する。カラビナなどの摩擦抵抗が大きいので、負傷者と下降者の体重さがよほど大きくない限り上にずり上がる心配はない。
  5. 抱きかかえての懸垂下降

    負傷者が、どうしても自分で懸垂下降できない場合は、アンカーに負傷者を留め置き、一旦下降して次のアンカーを作ってから登り返し、1個の下降器に二人が吊り下がる体勢で、抱きかかえながら懸垂下降する。救助者の役目は、懸垂下降のコントロールと負傷者になるべく苦痛を与えないように、負傷者を抱きかかえ、なるべく岩壁から負傷者の体を引き離すことである。
    二人分の体重を1つの下降器にかけて、懸垂下降している。2〜4W(W=体重他ロープにかかる質量)の荷重がかかる。支点の強度は十分でなければならない。しかも、2人分の荷重を、いつでも、簡単に停止できなければならない。基本的には、片手で下降スピードをコントロールし、その手で停止できるシステムを作る。図のようなロープの折り返しで、制動力を強めておく。簡単に停止することができて、停止したまま、仮固定なしでも片手で作業できる体勢が望ましい。しかし、仮固定しなければ危険な場合もある。仮固定の仕方より、仮固定するか、しないか判断が重要である。仮固定は、簡単にできて、それを解除することも簡単でなければならない。
  6. 巻きつけ結びで確保(セルフ・アンカー)を取らなければならないか?

    巻きつけ結びなどで、ロープに確保を取るのは、大事なことに思えるが、下降中にロックするなどトラブルも多い。下降を始めるとき、岩壁途中の、非常に不安定な状態で、巻きつけ結びで自分と負傷者の確保を設定し、下降器をセットし、2人分の体重を下降器にゆっくりと移して、それから、2人のアンカーをはずす。この間、巻きつけ結びにも、アンカーにも荷重をかけるわけにはいかない、微妙なバランスをとり続けなければならない。もし、どちらかにでも荷重すればロックし、それを外すのは至難である。しかも、巻きつけ結びがロックしない用に操作しながら片手で懸垂下降しなければならない。こうした事を考慮すれば、巻きつけ結びによる確保は、取らないほうが、むしろ、安全でないだろうか。

    残置ピンなどがあり、次のアンカーを、仮固定の状態で作ることができればスムーズに行くが、負傷者を抱えたまま、仮固定した状態で、新たなアンカーを設置することは、至難の業である。抱きかかえ下降を始める前に、救助者は、アンカーを作るために下降し、アンカーを設置後、登り返して、抱きかかえ懸垂下降する。無理をすると、どうにもならない羽目になる。
    各種のスリング、結び方でセルフアンカーを設置し、荷重した時、自動的に停止する機能が働くかどうか、また、ロック機能をスムースに解除できるかどうかテストした(中島)。結果的には、ロックとその解除は、千差万別であり、スリングのつくり、素材、太さ、巻きつけ方で、確実に利くかどうかは、テストしてみなければわからないことが判明した。つまり、必ず、使うときにテストしなければならない。器具としてはシャント(ダブルロープアッセンダー)がロック機能性に優れ、解除も容易である。
  7. ロープで吊り降ろす

    ロープでゆっくりと吊り降ろす方法は、まず、確実なアンカーを設置し、カラビナを介して懸垂下降ロープをセットする。ついで、救助者が懸垂下降し、次のピッチのためのアンカーを作る。下で、ロープを手繰り、末端が負傷者のところまであがってきたら、その末端を傷者がつける。(図 )救助者は、下でロープを付けたことを確認し、手元に制動装置をつけ、ロープを張る。負傷者は、アンカーをはずし、救助者は、制動をかけながら吊りおろす。この場合、負傷者は、ロープの末端を自分につけることとアンカーを外すことができなければならないので、アンカーと負傷者の位置関係を考慮しなければならない。支点のカラビナは残置する。(図 )
    全く、手が使えないなど、負傷者が自分でロープをつけ、アンカーをはずすことが、できない場合は、救助者は、負傷者にロープを1本つけ、制動器(エイト環)を介して、吊り降ろす。ロープの長さに注意し、負傷者が次のアンカーより下へ行き過ぎないようにする。負傷者を安定したテラスなどに吊降ろし、負傷者を吊降ろしたロープをアンカーに仮固定する。懸垂下降用ロープを、今アンカーに仮固定した負傷者のロープと連結する。下降用アンカーにカラビナを介して、連結したロープをかける。そのロープ1本で懸垂下降する。懸垂下降体勢に入って荷重をかけてから、仮固定を解除すると、負傷者と救助者が釣る瓶になり、負傷者を片方のロープの重しとして、懸垂下降する。万が一ロープが動くことも考えられるので、懸垂下降用アンカーには、カラビナを介してロープをセットする。これは、アンカーのスリングに直接ロープをかけ、荷重が掛かった状態でロープが動くと、スリングを切断することも考えられるからである。なお、マッシャー、巻きつけ結び、シャントなどでセルフアンカーを2本のロープに必ず取る。これは、ロープが動くのを防止するためでもある。懸垂下降体制に入って、荷重をかけてから仮固定をはずすのは、テラスまで下ろしたとは言え、転落を防止するためである。仮固定は、加重が掛かった状態でも解除できなければならない。(巻きつけ結びなどでアンカーに仮固定すると良い)負傷者のところまで下降したら、懸垂ロープを仮固定し、アンカーを設置する。アンカーを設置したら、負傷者をアンカーに止め、救助者は、セルフアンカーをとり、仮固定を解除する。負傷者と釣る瓶で吊り下がった、不安定な状態でアンカーを設置するのであるから非常に難しい作業である。残置支点などがあれば、仮アンカーとして負傷者を固定する。しかし、アンカーを確かめるまでは、懸垂ロープの仮固定を解除してはならない。二人の命が掛かっている。この繰り返しで下降する。テラスなどがなく吊り下げたままで、荷重を抜くことができなければ、確実な方法は、ロープを固定し、もう1本のロープで懸垂下降し、アンカーを設置して負傷者をアンカーに止める。登り返して、ロープの固定を解き、懸垂下降する。
    抱きかかえ懸垂下降と吊り下げ下降を合わせた図の様な方法がある。(図 )1本のロープで吊り下げ、反対側を懸垂下降しながらロープを繰り出して、2人が同時に下降する方法である。ロープの繋ぎ目が、下降器を通過することができれば、ロープ1本の長さを下降できるが、普通は通過できないので、1本の半分の距離しか下降できない。この場合、アンカーにカラビナをつけてロープを通さなければならない。この方法は、支点に、4〜6Wの荷重が掛かることを想定しなければならない。
    下降を終えたら、予め負傷者のハーネスにセットしたスリングで負傷者のセルフアンカーをとる。そのまま、少し下降すれば、負傷者の荷重はアンカーにかかる。
    手が片手でも使えれば、自分で降りることが1番いい。
  8. 吊り上げ救助

     墜落すればロープ、ランナー、アンカーは衝撃荷重を受けている。
    負傷したパートナーをアンカーに固定した後、引き上げ予定地まで単独で登攀することから始まる。少なくとも墜落した場所である。ランナーやアンカー、ロープに大きな衝撃荷重がかかり破断直前であるかもしれない。衝撃のかかったロープやプロテクションを利用することになるだろう。再点検のうえ、慎重に、確かなプロテクションを構成しながら登攀しなければならない。危急時と言え、手を抜いたのでは二重遭難の危険がある。もし、負傷者が確保することが可能であれば確保してもらうといい。それができなければ、単独登攀の確保システムで、登り、引き上げ予定地に登ったら、強固なアンカーを2個設定する。一つは定滑車用とし、2つ目は確保とストッパー用である。(図参照)
    ロープを固定し、定滑車を設置し、引き上げシステムを作る。アンカーと定滑車の間のロープを使って下降しながらランナーをはずす。負傷者にロープ末端と動滑車をつけ、再び登り返す。この場合の滑車は、カラビナを用いる。
    定滑車(図1)のカラビナの中をロープがスムーズに流れるか確認する。次いで、引き上げロープに、逆戻りしないための自動ストッパー(図2)をつけ、上手く行くか確認する。1人で引き上げるとこは、この装置が重要であるから、登降器を使う。それがなく、巻きつけ結びなどのストッパーでは、引き上げながら、巻きつけ結びを操作しなければならないので、非常に苦労する。引き上げは、(図3)の方法と(図4)のようにカラビナを介して体重をかけるやり方がある。(図4)は、ストッパーを操作しながら引き上げできるので合理的に見えるが、カラビナを介するので、摩擦抵抗がそれだけ大きくなる。
    最後は、強引にテラスにひきあげる。このとき、定滑車やストッパーが邪魔になることがあるので注意したい。引き上げシステムを設置したら、負傷者に合図を送り、引き上げる。

    吊り上げ救助における問題点
    (2)1/9システム

    2人でクライミング中、パートナーが墜落し、1人で対処するとき、引き上げるという方法は、非常に困難である。負傷したパートナーをアンカーに固定したあと、単独で登攀し、複雑な引き上げシステムを作り、負傷者の安全を確保しながら、多大なパワーでひきあげるのであるから、よほど短い距離で、しかも、そこまで引き上げれば、ヘリコプターでピックアップしてくれるような場合でない限り、下降したほうが良い。
    三分の一システムで引き上げるとすると、滑車を使わない限り、カラビナとロープ、岩壁と人やロープの摩擦抵抗が大きくて、現実には、五分の一ほど軽くなるだけである。カラビナの摩擦係数は、約0.17で在るから、計算では、カラビナによる摩擦だけが働くとすると引き上げる人の体重の51.13%の力で引き上げなければならない。
     クライミングロープは、その性質からよくのびる。ロープが長いほど、長く伸びる。ゴム紐の先に錘をつけて引っ張るようなもので、カラビナや岩壁との摩擦抵抗が大きくなると、力一杯ひいても、ロープを引き伸ばしているに過ぎないことになる。実際は、およそ、1メートルくらいのスパンで引き上げ、ストッパーで止め、次のスパンの引き上げになる。このときロープにかかる張力が変化するので、ロープは縮み、引き上げで、引き伸ばすことの繰り返しになる。非常に、効率が悪い。
     吊り上げシステムを作るため二度登らなければならない。しかも、墜落の発生した場所である。負傷者が確保できなければ、大きなリスクを背負うことになる。
     こうしてみると、吊り上げ救助は、クレバスに落ちた人を引き上げるなどの場合や、吊り上げ以外に方法がないときの方法である。現実には、短い引き上げで、ヘリコプターのピックアップできる場所へ移動できるような、特別な場合に限って有効である。数ピッチの引き上げを1人でおこなうのは、不可能である。
  9. 背負い搬送

     負傷者を背負う方法は、直接背負う方法とルックザックにくくりつけ、そのザックを背負う方法がある。直接背負うには、サラシ布や背負い紐を持参していると都合が良い。サラシは1反(約600円)用意すれば十分子供を背負うことができる。また、ガーゼの代わりに、包帯として使用できるので、子供たちを引率する登山では、是非用意して行きたい。(図 )ロープを輪にして背負う方法は、(図 )ロープ本来の用途は、確保用であり、ロープを背負いに使用しても、差し支えない場合である。ルックザックの背負いベルトにストックや棒をとうし、それに脚をかけて背負う(図 )、脚が痛くないように衣類などを巻きつける。(図 )ルックザックに雨具を縛りつけ、その雨具で、負傷者を包み込むようにして、ザックに縛りつける。(図 )スリングやビレーシートでザックにくくりつけるなど幾つかの背負い方法がある。ハーネスを利用するなど有効な方法を見出さなければならない。背負われる者は、大腿に負荷がかかる。できるだけ、臀部で受け止め、大腿が痛くならない工夫がいる。
    脚などの負傷者を背負うには、負傷部位に負荷がかからない背負い方にしなければならない。脊椎、頚椎、腰椎系の損傷者は、よほど慎重に固定して、背負わなければ、神経系を切断し、半身不随などの後遺症をもたらす。失血多量など、緊急を要する場合は、優先事項を検討の上、背負うのか、どうするのか決める。
     背負い搬送の問題点を整理すると、
    1. 1人で長時間背負い続けることは、非常に困難である。背負いを交代することや休息を取ることができなければならない。例えば、介添え者の力を借りたり、交代したり休憩を簡単に取ることができることが重要である。
    2. 背負っている者を負傷者ともども確保できなければならない。急峻なところでは、斜面の上方から確保する。急峻な山道での下りは、後ろからになる。平らな山道で、前後から確保するのは、あまり意味がない。というのは、山道から転げ落ちるのを止めきれないからである。
    3. しかし、背負って歩くことができる山道では、単純で、効率のよい搬送方法で 搬送の基本である。
  10. 背負い懸垂下降

    背負って懸垂下降する方法は急峻な岩壁ではさまざまな問題点があり、岩壁での救助にてきしているとは言いがたい。いろいろな講習会などで訓練されているが、見直したいことの一つである。そもそも何故背負わなければならないか、検証して見れば急峻な岩場であるからこそ、ロープにぶら下がってズルズルと下降できるのであり、むしろ、背負わなければならない理由は、見えてこない。恐らく、平地では、背負い搬送が、最も効率の良い搬送方法であるから、岩壁でも背負うことを当たり前のように持ち込んだのだろう。平地では、背負ったり、降ろしたり、休んだり、搬送者を交代したりするのに、そう危険でもないし困難でもない。仮に、平地でも危険な箇所では、セルフアンカーを取らなければならないし、確保も必要になる。そうなるとそう簡便には行かず、結構手がかかる。実際は、そう危険なところでなければ、簡便な確保で済まし、効率よく搬送しているといえよう。つまり、アンカーの作成に手がかかると、背負い搬送も時間がかかる。
     足場の悪い急峻な岩壁で、背負って救助するのであるから、負傷者も、救助者もともに何らかの方法で、常にセルフアンカーを取らなければならない。つまり、負傷者をセルフアンカーに吊るした状態で背負なければ危険である。つまり、アンカーに吊るした負傷者にザックをくくり付け、背負得る状態にし、岩壁に横向きして背負う。ついで、懸垂下降器をセットし、下降体制に入ってから、救助者は、自分と負傷者のセルフアンカーをはずし懸垂下降する。荷重の掛かったアンカーをはずすので、一たん荷重を抜かなければはずせない。ナイフでスリングを切る方法もあるが、おそらく、頭の上のスリングを切るのである。よほどいい状態を作らないと、アンカーをはずすことも切ることも難しい。
     背負い方は、背負い搬送の項参照

    背負い懸垂下降における問題点
    1. 大きなテラスなら可能かもしれないが、小さな足場では、背負うこと自体が困難である。たとえ、介添い者のサポートがあったとしても、足場が悪いため介沿い者の出来ることは知れている。背負う者が多くを一人でしなければならない。
    2. 背負うことも困難であるが、また、おろすことも足場の悪い岩壁では、困難である。
    3. 多くの訓練は、その一番難しい岩壁で背負うことを省略している。広いテラスでせおってから、懸垂下降の訓練をしている。また、おろす時も、広いテラスについてからおろしている。難しいのは、足場の悪い岩壁の中で、背負うことと、おろすことである。そこの訓練が重要でないだろうか。

    担架による搬送